原爆について

原爆は大量の放射線を放出するとともに、通常の爆弾としての爆発力をもっています。
原爆と並んで大きな爆発力をもっているのが、水素爆弾です。
水爆は、水素原子の核融合反応を原理としています。

第二次世界大戦が終わった時に、核兵器を持っていたのはアメリカのみ。
しかし、ソビエト連邦が核実験に成功すると、水爆の開発をめぐって激しい競い合いが勃発したのです。
1955年には哲学者のバードランド・ラッセルと物理学者のアツベスト・アインシュタインらが中心になり、平和利用を訴えました。
その内容は、核兵器廃絶と科学技術の利用について。
その宣言は“ラッセル=アインシュタイン宣言”といわれています。
日本の理学者である湯川秀樹も、署名した一員です。
しかしアメリカとソビエト連邦は、1960年以降も大気圏内核実験を競って繰り返したのです。

1963年にはアメリカ、イグリス、ソビエト連邦の間で、地下を覗く大気圏内、宇宙空間および水中における核爆発をともなう実験を禁止する条約が著印されました。
普通の人が核実験の影響から逃れることが、可能になったのです。
しかし中国にかんしてはその条約に入らなかったので、盛んに核実験が実施されたのでした。
中国の影響は日本にも振りかかったのです。
偏西風にのっておおくの核分裂成分が地上を覆ったのです。
それに伴って、日本では各地でモニタリングの体制ができました。

そのあと、核爆発を禁止する条約「包括的核実験禁止条例」が1996年に採択されましたが、条約は未発効のままです。